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2017年11月 9日 (木)

おはよう(*^ー゜)

おはよー


苦しいよ~胸の苦しさがぁ…


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普通に洗濯物を2回干して、その前から苦しいから血圧はかってみた

血圧はめっちゃ良いけど脈がぁ~


興奮してないんですけどぉ!笑


苦しいっ


あと2回洗濯終わったら出かけよう!


良い天気になったから嬉しい今日は旦那さんお休み


お化粧して仲良くお出かけしてくる~

ランチして服も見に行きたいなぁ。ハードスケジュールにすると吐き気悪化しそうやで無理なく


気晴らししないとね紅葉さがそ

イマソラ
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雲が少しあるけど気持ちがいい風が冷たいからみんな暖かくして出かけてね。


昨日の夕飯
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レンコンとピーマンのキンピラピーマンまいうー高校生の頃からピーマン大好きで自分で作ってたお弁当にピーマン炒めよく入れてたw(女子力低め)

砂肝と豚肉のレモン風味炒めとキノコたっぷりのお味噌汁
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もう少し夕飯作り頑張らなきゃなーって思うけど…

誰か作って!笑

朝晩との気温差に気をつけて過ごそうね


1日元気に


2012年11月23日
『お母さんの最期』

2012.11.18日 お母さんは安らかに息を引き取った。

16日、お姉ちゃんが病院に泊まった時はほとんど喋る事ができなくなり、ほとんど寝てる状態。氷、ゼリーを30分おきに口に含む。お姉ちゃんは夜寝れなかったと言っていた。体力も急激に低下。でも、フラフラになりながらも隣に付き添って支え、自分の足でトイレまでなんとか行けた。17日の午後からお姉ちゃんと交代し昼過ぎに、おばちゃん達がみんな顔を出してくれたけどお母さんはしんどくて喋る事があまり出来なかった。
おばちゃんが明日泊まるからねと言うと、うなずいて返事をしていた。

転院してから吐く回数も減り落ち着いていたけど、転院する前から気になっていた黄疸が目にすごく現れていて目がすごく黄色くなっていて心配していた。その事をお姉ちゃんに伝えたら看護婦さんに伝えてくれていて、私が病院に行った時主治医の先生が時間をつくってくれ面談室で2人で話をした。

お母さんは転院するのも危険な状態だったと先生は言った。

私が緩和ケア外来に1人で行き、次の日に先生は病院まで面談に来てくれお母さんに安らかに逝かせてくれると約束してくれたけど、その時何が起こってもおかしくなかったのだ。

過去に転院したその日に亡くなった人もいた事を17日に聞いて驚いた。

17日は朝から手が冷たく、足も少しむくんでいたのが気になり、先生に目の黄疸が気になる事など話すとお母さんはいつ何が起こってもおかしくないから覚悟はしといたほうがいいかもしれない。その日が明日かもしれないし、一週間後かはお母さんの生命力。私は先生に、覚悟はできていないけど、お母さんが涙を流し転院できた事を喜んでくれ安らかに逝ける事を喜んでいた事を伝え、転院でき先生に出会えて良かったと感謝の気持ちを泣きながら伝えた。

お母さんの調子が悪かったから主治医の先生と話をしてすぐに病室に戻り、お姉ちゃんと姪っ子は実家へ。おばちゃん達にもすぐ帰ってもらった。

そこからお母さんの様態が急変していった。

なんとかゼリー、杏仁豆腐は美味しいね。と何回か食べれた。

お姉ちゃんが泊まってた時は一度も吐くことはなかったよ!と聞き安心していた。

夕飯に自分で作って持ってきていたお弁当を食べようと考えていたらお母さんが吐き気を訴えた。自分の力で起き上がる事もできなくなり体を支える事もできない状態でもなんとか私が体を支え、吐き終わると倒れ込むように横になる。もうトイレまで歩くの偉いからポータブルトイレ借りてと言われ、看護婦さんに持ってきてもらい8時過ぎたころ看護婦さんに足も冷たいから心配な事、何回か吐いて全然落ち着かないし眠れてない事を伝えた。転院してから寝る前に使っていた吐き気止めと眠れる点滴を早めにしてもらいウトウトしてるかなぁと少しほっとしていた。

9時前、お母さんが朦朧としているけどトイレに行きたいとジェスチャーで訴えてきたので、身体を起こし支えてベッドの横に置いていたポータブルトイレへ。。。

最後までトイレに自分で行きたいと訴えていたので、なんとかして支えてトイレまで行けたけど無理に動いたのがいけなかったのかベッドに戻ろうとした時お母さんの意識がなくなり瞳孔が開いた状態になり、私1人ではお母さんを支える事ができず慌ててナースコールを押し看護婦さんを呼んだ。

すぐ看護婦さんが来てくれ2人でお母さんをベッドに横にした。もう1人看護婦さんが来て慌ただしく血圧を計ったり指に脈をはかる装置をつけ、私は胸が破裂しそうなくらいいっぱいいっぱい。看護婦さんがお母さんはすごく危険な状態だけど明日までなんとかなるかもしれないし、この状態が続くかもしれない。ハッキリ言えないけどかなり危ないと言う。

血圧が60。かなり危ない。声かけに反応なし。

私はなんとか気力をもち、看護婦さんにたずねた。

家族を呼んだ方がいいですか?


看護婦さんは呼んだほうがいいかもしれないね。

悩んだ。9時になっていた。お姉ちゃんに電話してお母さんの状態を伝えどうする?と聞く。姪っ子も疲れているし早めに寝ようとして布団に入った所だった。

お母さんと年の近いお姉さん(おばちゃん)にすぐ電話。お母さんが意識がなくなったから今すぐ来てと泣きながら必死で状態を説明。おばちゃんはすぐ行くから大丈夫だからと電話で私を落ち着かせてくれ、30分くらいで病院に来てくれた。お姉ちゃんも姪っ子を連れ来てくれた。

看護婦さんの声かけには反応しなかったのに、おばちゃん、お姉ちゃんが来てくれ私もいっぱい声かけしていたら お母さんも必死で応えようと声をだして返事をしてくれた。お母さんの一番の親友にもメールで今の状態を送った。すぐ来てくれお母さんの手を順番に握り声をかけ続けた。看護婦さんはナースステーションに戻って脈などを画像でみていて、血圧が戻らないし脈も40くらいに下がってきていると伝えにきてくれた。本当に一瞬の出来事のような。安らかに息を引き取っていった。

苦しむ表情はなく安らに逝った。

お姉ちゃんとおばちゃんを呼んで良かった。みんなで看取れて良かった。18日に子供達と旦那の両親が来る予定をしていた…お母さんは孫に辛い想いを少しでもさせたくないと考えていたのかな。待たずに逝ってしまった。

最期まで孫の事を考えてくれているのだと思った。

書き残したい事はまだまだあるけど腰が痛いし今日は寝よう。お姉ちゃんも明日には他県へ帰ってしまう。淋しいな。


健康第一

一度きりの人生、何が起こるかわからないからこそ精一杯生きよう。


自分を大切に

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コメント

まなさん、返事が遅くなりごめんなさい。
まなさんのブログを見て、お母さんの事、私もお母さん大好きだったから、私もお母さんがいなくなるって思うたびに、怖くって、実家を手放す事も、辛い選択ですよね。

実家には、いろんな思い出がつまってたり、でも、だれもいない家で、一人になると辛いですよね。

私のお母さんは、来月で3年になるところです。
お母さんに、会いたい、話を聞いてほしい、いろんな気持ちです。

まなさん、静岡に泊まりにくるんですか?
実は、今月の通院の時に、医師から、機械入れるのは、簡単だから、豊胸手術みたいに、入れるだけって話され、私は、まなさんのブログを見ていたので、医師に質問をしたら、機械を入れる事のできる病院で、話を聞きに行ってとの答えで。
不安で、しっかり調べてもいないのに、簡単な手術って言うのが。
もう少し、患者の気持ちをわかってくれる医師に出会いたいと思いました。

まなさんに、いろんな話を聞いてみたいので、私も会いたいです。

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