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2017年11月 3日 (金)

ヘルプマーク☆生きる意味

はぁ~良い天気~


風が冷たいけど良い天気続いてて気持ちがいい

11月(^-^)気持ちが少しずつ上向いてる


ブログも気ままに書くことにしたーめっちゃ気分屋w


月曜日、病院行って抗生剤と他の薬も処方され飲んでたらだいぶ楽になってきた喉が弱いからもっと早く行くべきだったと反省


3連休だけど旦那さんの休みは日曜日だけ子ども達は朝からお祭り、息子はボランティア参加でいないから旦那さんと紅葉求めてお出かけしよっかな~


子ども達は友達優先やし

先日、ヘルプマークをもらってきたよ岐阜県では8月から配布されてるの知ってたのに役所へ行くたびにもらい忘れ…

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シールが入ってて、名前とか書いて貼ろうと思ってたけど丸見えになるのもなぁ…と悩み


ちゃちゃっとフェルトで作ってみた
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同じサイズ

内側に紙を挟めるようにしたよ
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厚紙を挟めばフェルトでもしっかりすると思う


上出来自分褒めんとね~やる気スイッチ引っ張りださんと!笑


めっちゃ自己満足やしw


このフェルトで作ったヘルプマークはカバンの中にくるように付けておこうと思ってて


ヒモ部分のフェルトが足りなかったから良い方法考えてカバンに付けてみる~


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今日はもう何もしないぞっ!

旦那さんの両親が夕方、お土産もってきてくれるって~なんだろなぁ~

食べ物かなw


直虎大好きで録画したのを毎日毎日飽きずに観てる


泣いて笑って忙しいなぁー

ドクターX始まってるの知ってたのにずっと見逃してて(予約も忘れてた)やっと昨日観れた!


お母さんもドクターX大好きで、お母さんと最後に観たテレビは亡くなる2日前、ドクターXだったんだ


お母さんも観てるかな~


お母さんがスキルス性胃癌と宣告されてから書いてたブログがあって、お母さんへの思いや日々の思いを書いてた。


日本で亡くなる原因の一番は癌、二番目は心疾患


生きる意味を今一度考え、自分の人生もっと明るくしていきたい


お母さんと過ごした28年間、56歳で旅立ったお母さん

お母さんの娘で良かったって思う。

お母さんが生き抜いた56歳まで精一杯生きることが今は目標かな


2012年10月24日
『宣告されてから』

お母さんがスキルス胃癌と宣告されてからもうすぐ2ヶ月が経とうとしています

今日、退院してから初めての外来でした。子供達が登校する前に実家へ向かい、お母さんに付き添って病院へ行ってきました。2012年8月に入り体調が悪い日が多くなり、胃が痛い、食べれない、胸の下が痛いなどの症状が強くなり お母さん1人で近くの内科に。それまでは新春マラソン大会に2人で参加したり、一緒にモーニング、ランチによく行ったりしていました。5月頃大好きで毎日飲んでいた珈琲が美味しくなくなって飲めないと言って。喫茶店に行くと紅茶を頼むようなっていたり、去年から開催されたマラソン大会に参加。今年も一緒に参加予定が前日に体調悪いからと電話で連絡。6月には食欲がないと言う事が多くなり誰かと一緒なら普通の量を食べれたと喜んでいました。お母さんは身体の不調は更年期だからと言って病院には行かず、ドリンクなど飲んでそのうち治るから大丈夫と言っていたけれど7月に入りますます食欲がおちていましたが、元気な時は子供達、私を誘ってお祭りに連れてってくれたり、買い物にも連れ出してくれました。自分が不調でも、いつも私や子供達の事を一番に心配してくれ支えてくれていました。

8月に入り胃が痛くて食べれない、胸の下が痛いんだけどなんだろうと相談されましたが、病院行った方がいいとは強く言わなかった。夏休みも終わりに近づき、最後にプールに行った日。お母さんから近くの病院へ行ってくるねと連絡がきた。心配で昼過ぎには実家へ行き、お母さんが全然喋らない。明日、お姉さん達に付き添ってもらって市民病院で検査してくるからと聞かされ、いつもと違う雰囲気なのを感じたけどその日は早めに帰宅。

次の日、お母さんが心配で仕事終わってからカボチャの煮物を作って夕方実家へ行った。お母さんはまだ病院だったらしく、書き置きをして帰宅。夜、携帯にありがとうと連絡。

近所の内科に行った時点で胃癌と言われショックをうけ、私にはすぐ伝える事ができなかったと入院する前日の夜 お母さんとお姉ちゃんから携帯に着信。お風呂に入っていてでれず、2人からの着信に嫌な予感がし慌てて先にお姉ちゃんに電話。お姉ちゃんから、明日お母さん入院するんだってと伝えらる。お母さんにすぐ電話 明日入院するけどお姉ちゃん達(おばちゃん)が付き添ってくれるから心配しないで大丈夫だからと電話を切られた。

大丈夫なわけがない。心配で眠れなかった。お母さんの不調をネットで検索してみたり、もしかしたら癌なのかもと不安でたまらなかった。

入院する日、仕事を早めに上がらせてもらい子供達が帰宅してすぐ病院へ向かった。3時頃着き、ナースステーションでお母さんが看護婦さんから入院の話を聞いていた。病室に入りすぐ、夜に先生から話があるから残ってほしいと言われ 旦那に子供達を病院まで迎えに来てほしいと連絡をいれ、職場が近かったので外まで子供達と一緒に行き旦那に子供達を預け、夕飯も作ってほしいとお願いした。

1つ上の姉は入院する事を聞かされた次の日には他県からすぐ帰宅してくれ、一緒に主治医からの宣告を聞いてくれました。すごく心強かった。

お母さんは胃癌だけど祈っていたみたいだけど、その日初めて転移をしていて手術できない状態。延命治療になりますと言われ涙をこぼしていました。病室に戻りゴメンねと泣き崩れるお母さんに、大丈夫だよと手を握り一緒に泣いてしまった。

その日、すぐにアパートに帰らずお姉ちゃんと実家へいきました。実家のカレンダーを見たらお父さんの誕生日だった事に気づき。突然の入院、宣告などですっかり忘れいた。すぐ仏壇へ行き、忘れてゴメンね。おめでとう。と伝え複雑な気持ちでいっぱいでした。

お母さんが宣告されてから42日間入院してから退院出来るまでに、喋れない日、動けない日、抗がん剤治療がストップしたりと不安な日が続いていましたが、近くに住んでいたお姉さん(おばちゃん)が毎日、朝晩病院へいってくれたり支えてくれ10月に入りお母さんの調子も少し善くなりなんとか退院する事ができました。

退院してからも毎日おばちゃんが実家に泊まってくれ、1人で不安にならないように生活のサポートをしてくれています。私は実家から30分の所に住んでいて 仕事前、仕事が終わってからの数分、数時間だけどお母さんの顔を見に行ったり、料理を届けたり、作ったりしています。

出来る事なら一緒に住みたい。お父さんにできなかった親孝行をお母さんにいっぱいしてあげたい。私に今出来る事を探してます。

今日の外来で血液検査をしました。心配だった貧血は正常。気になっていた腫瘍マーカーを初めて聞き、かなり数値が高いけど入院した時の数値に比べたらすごく下がっていました。

お母さんは退院してから、病気について詳しく書かれた紙を読む事ができ病気と向き合わなきゃという気持ちが伝わってきます。

退院してからは食欲もあり笑顔が増えていますが、外出は控えめでよく眠れると寝ている事も多いようです。

月末から2クール目と思っていた抗がん剤治療は入院中に輸血したりと途中で中止になったりとトラブルも多かったので、10月31日からの治療は3クール目スタートになるそうです。

大好きなお母さんが少しでも長く生きていられるように、生きていて良かったと思えるように。奇跡を信じてお母さんを支えていこうと思っています。

お母さんの闘病を書いてたブログも命日までにいくつか載せてこうと思う。

みんなもいつもと違う不調があったら我慢しないで早めに病院に行ってね


何事も後悔ないように…


病気と闘う本人は一番辛い、支える家族にもいろんな思いや葛藤がある。

病気と向き合うって本当に大変だなぁって…


33年間でいろんな経験ができたと思うけど、家族や支えてくれる人の存在って本当に大きい


まだまだ乗り越えていかなきゃいけない事が多いけど

自分のペースでいくぞー


お父さんとお母さんへの親孝行は心から笑って過ごせるようになること


いつも見守ってくれてありがとう

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